上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。
芥川龍之介羅生門」(1915)
地上の運命と、それに対する知恵とに目覚めたのであった。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
私がいなくなっても、もう姉さんたちは一生遊んで暮せるでしょう。
太宰治畜犬談」(1939)
ただその犯罪の名を言って聞かせるだけです。
芥川龍之介河童」(0)
どんよりとくもれる空を見ていしに人を殺したくなりにけるかな
石川啄木一握の砂」(1910)
私は実に先生をこの雑沓の間に見つけ出したのである。
夏目漱石こころ」(1914)
「いき」は媚態でありながらなお異性に対して一種の反抗を示す強味をもった意識である。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。
太宰治女生徒」(1939)
私は「大きくなったら……」と深い決心をしていた。「もっと大きくなったら……」
室生犀星幼年時代」(1919)
俺は総領で家督をしているが、どうかして難しい家の養子になってみたい。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
私の出費は一年間でたった二十七ドル、四分の一セントだった。
ソロー森の生活」(1854)
この痛みも、もう大きいので、参ったら、多分私は死ぬでしょう。
小泉節子思い出の記」(1908)
梅も桜も桃も一時に咲いている、美しい岡の上をあちこちと立って歩いて、こんな愉快な事はないと、人に話しあった夢を見た。
正岡子規病床六尺」(1902)
道徳の根本概念は我と物でなく、我と汝である。
三木清哲学入門」(1940)
天は人に富や身分を与えるのではなく、その人の働きに与えるものである
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)