自分の気持ちをほのめかしてだけでも言うことのできる母というものを玉鬘は持っていなかった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(30 藤袴)」(1914)
俺が死んだら、どうかお母さんを大事にしてやってくれ
夏目漱石こころ」(1914)
おれが行かず。お前様の代わりにおれが行かず
島崎藤村破戒」(1906)
私は癖として都の話を聞くのが病でございます
泉鏡花高野聖」(1900)
愚か者と見える。名はわしがつけてやる。姉は病気を垣衣、弟は忘れ草を萱草だ。
森鷗外高瀬舟」(1916)
自分の意志を中尉の意志の奴隷にするのと、あまり変わらないこと
菊池寛」(1920)
地上の運命と、それに対する知恵とに目覚めたのであった。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
竜華寺の藤本は生煮えの餅のように真があつて気に成る奴
樋口一葉たけくらべ」(1895)
大衆は静かな絶望の生活を送っている
ソロー森の生活」(1854)
おれたちは、これで、うまく行ってる方じゃないかなあ。
岸田国士紙風船」(1925)
すべての人間が神の前においては平等であることを知らない者の人間の世界において平均化を求める傾向である。
三木清人生論ノート」(1941)
目に見えているものが、いっとう神秘である。
中井正一美学入門」(1941)
福を惜しむ人が必ずしも福に遭うとは限るまいが、何様も惜福の工夫と福との間には関係の除き去るべからざるものがある。
幸田露伴努力論」(1912)
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ
石川啄木一握の砂」(1910)
借金を返しちまったら。あなた、おかみさんにしてくれない。
永井荷風濹東綺譚」(1937)