西洋料理を、来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家ということなんだ。
宮沢賢治注文の多い料理店」(1924)
嘉十は本当に自分の耳を疑いました。
宮沢賢治やまなし」(1923)
今に自分も、あの煙突から煙になって出るのだ。
小泉節子思い出の記」(1908)
よ、なぜ黙っている! 何とか言ってくれ! 嫌なら己を殺してくれ!
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
短い人生もああした人といっしょにいれば長生きができるだろう。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(28 野分)」(1914)
俺たちに父親があるものか、あればあんな苦労はしていない。
菊池寛藤十郎の恋」(1919)
無限なものの知覚は有限なものの知覚よりも先のものとして私のうちにある。
デカルト省察」(1641)
問題は、お前が、何んの為めにかうしているかつていうことだ。
岸田国士紙風船」(1925)
このような話を聞き、このような場所を見てきた後、これを人に語りたがらない者が果たしているだろうか。
柳田国男遠野物語」(1910)
お前は何をするのか、先ず日本一の大金持になって思うさま金を使ってみようと思います。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
男つていうものは、家にいることを、どうしてさう恩に着せるんでしょう。
岸田国士紙風船」(1925)
そりゃもう、僕にくらべたら、どんな男でも、あほらしく見えるんだからね。
太宰治」(1947)
私は「大きくなったら……」と深い決心をしていた。「もっと大きくなったら……」
室生犀星幼年時代」(1919)
若い二人の恋が愈いよいよ人目に余るようになったのはこの頃であった。
田山花袋蒲団」(1907)