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省察
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背景解説
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無限なものの知覚は有限なものの知覚よりも先のものとして私のうちにある。
デカルト「省察」
背景解説
完全な神の概念があるからこそ、不完全な自分がわかる。これって意外と日常的な感覚かも。理想を知っているから現実の不足がわかるのと似ている。
この無限の観念はどこから来たのか?
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『省察』の他のひとふみ
私は有る、私は存在する。
デカルト
私が疑うということから私は有るということが帰結する。
デカルト
ただ私に知られていることについてのみ、私は判断を下し得る。
デカルト
このことから、神が欺く者であり得ないことは十分に明らかである。
デカルト
しからばどこから私の誤謬は生じるのであろうか。
デカルト
私は真実のもの、そして真に存在するものである。だがいかなるものなのか。私は言った、思惟するもの、と。
デカルト
「畏怖」が響くひとふみ
私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ。
太宰治
人は、完全なたのもしさに接すると、まず、だらしなくげらげら笑うものらしい。
太宰治
全く、どんな事でも起こり得るのだと思って、深く恐れた。
中島敦
変な言い方ですが、この殺人事件は、犯人と被害者と同意の上で行われたのです。
江戸川乱歩
魔物が人の家に初めて現れる時には、あんなひっそりした、初々しいみたいな姿をしているものなのでしょうか。
太宰治
私は依然として未知の世界にいる未知の私であった。
夢野久作
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