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私は有る、私は存在する、という命題は、私がこれを言表するたびごとに、あるいはこれを精神によって把握するたびごとに、必然的に真である、として立てられねばならぬ。
デカルト「省察」
背景解説
全部疑って疑って、最後に残ったのが「疑ってる自分は確実に存在する」っていう事実。これが有名な「我思う、ゆえに我あり」の瞬間です。哲学史上最大の発見かも。
すべてを疑った先に残った、たった一つの真実
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『省察』の他のひとふみ
いかに多くの偽なるものを私は、若い頃、真なるものとして認めたか、またそれを基としてその後私がその上に建てたあらゆるものがいかに疑わしいものであるか
デカルト
私は覚醒と夢とが決して確実な標識によって区別され得ないことを明かに認めて、驚愕し、そしてこの驚愕そのものは、私は現に夢みているのだとの意見を私にほとんど説得するのである。
デカルト
私はまさしくただ思惟するもの、言い換えれば、精神、すなわち霊魂、すなわち悟性、すなわち理性である
デカルト
疑い、理解し、肯定し、否定し、欲し、欲せぬ、なおまた想像し、感覚するものである。
デカルト
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