私が疑うということから私は有るということが帰結する。
デカルト省察」(1641)
生きてる頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない
夏目漱石三四郎」(1908)
私にもそうらしく思われて来ました。逃げて都へも行かれます。
森鷗外高瀬舟」(1916)
道を歩いて常に見る若い美しい女、出来るならば新しい恋を為たいと痛切に思った。
田山花袋蒲団」(1907)
真の懐疑家はソフィストではなくてソクラテスであった。
三木清人生論ノート」(1941)
まるで蚕に食われている桑の葉のように、俺たちの身体が殺されているんだ
小林多喜二蟹工船」(1929)
こんな、うじ虫のような生活を、続けていく位なら、いっそのこと、死んでしまった方がましだ。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
およそ人間が滅びるのは、地球の薄皮が破れて空から火が降るのでもなければ
泉鏡花高野聖」(1900)
ただ漠然と親というものの面影を今日まで心に作って来ているだけだった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(22 玉鬘)」(1914)
ああ、この匂い……これはいつぞや、ダンスの教授のシュレムスカヤ伯爵夫人……
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
よごれたる手をみる――ちゃうどこの頃の自分の心に対うがごとし。
石川啄木悲しき玩具」(0)
鏡は自惚れの醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
非人情でなくっちゃ、こうは動けませんよ
夏目漱石草枕」(1906)
新しくせねばならぬと思うところの旧いものは、未練気なく斥けてしまわねばならぬのである。
幸田露伴努力論」(1912)
いや、賊自身でも、ほんとうの顔を忘れてしまっているのかもしれません。
江戸川乱歩怪人二十面相」(1936)