京都の同心・羽田庄兵衛は、罪人を島流しにするため高瀬舟で護送する任についていた。ある日、弟殺しの罪で流罪となった喜助という男を護送することになる。喜助は意外にも穏やかで満足そうな表情を浮かべており、庄兵衛はその様子を不思議に思う。
道中、喜助は自分の境遇に満足していると語る。これまでの貧しい生活に比べ、舟で食事を与えられ、島では仕事も世話してもらえることを幸せだと感じているのだ。さらに喜助は弟殺しの真相を語り始める。病気で苦しむ弟が自殺を図ったとき、まだ息があった弟から「楽にしてくれ」と懇願され、やむなく手をかけて死なせてあげたのだという。それは慈悲からの行為であり、殺意などなかったと告白する。
庄兵衛は喜助の話を聞き、法律と人間の情との間で深く悩む。喜助の行為は確かに殺人だが、苦しむ弟への慈悲から出たものであり、現在の喜助の満足は物質的欲望の少なさから生まれている。この護送を通じて庄兵衛は、人間の幸福とは何か、正義とは何かという根本的な問題に直面し、法と情、貧富と幸福について深く考察することになる。安楽死や知足の思想を背景に、人間存在の本質を問いかける名作である。