そなたの胸は海のやうおほらかにこそうちあぐる。
中原中也山羊の歌」(1934)
愛情,賛美愛する人の美しさに心から感動しているとき
喧嘩ばかりしていた。 しかし喧嘩のできる相手こそが、 本当の連れ合いなのだと 蝶子は知っていた。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
理解大切な人とぶつかってしまうとき
前の時間が、そのまま流れているのは、滞っているのである。
中井正一美学入門」(1941)
驚き,気づき時間について深く考えるとき
山賊はふりかえって見ましたが都が見えませんでした。ただ一面に連る桜の花があるだけでした。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
幻惑、不安現実と幻想の境が曖昧になったとき
幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である
三木清人生論ノート」(1941)
気づき幸せの意味がわからなくなったとき
瓜の蔓に茄子を求むるが如きは、努力の方向が誤つて居るのである。
幸田露伴努力論」(1912)
自戒,気づき無駄な努力を続けているとき
苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それを仕通して、飽々した。
夏目漱石草枕」(1906)
疲弊、諦観、決別人生に疲れ果てたとき、同じ苦しみの繰り返しから逃げたいとき
最大の不幸は、理論が手腕を超過した時である。
レオナルド・ダ・ヴインチレオナルド・ダ・ヴインチの手記」(1914)
実践の重要性考えすぎて動けなくなっているとき
こんな立派な奥さんがあるのに、どうして大谷さんは、あんなに、ねえ
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
切なさ、悲しみ自分の人生の失敗や堕落を突きつけられたとき
路寂寞(じゃくまく)と古今(ここん)の春を貫(つらぬ)いて、花を厭(いと)えば足を着くるに地なき小村(こむら)に、婆さんは幾年(いくねん)の昔からじゃらん、じゃらんを数え尽くして、今日(こんにち)の白頭(はくとう)に至ったのだろう。
夏目漱石草枕」(1906)
哀切, 深い洞察人生の無常さと営みの積み重ねに気づいたとき
人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。
太宰治人間失格」(1948)
洞察,不安表面的な笑顔の裏にある本当の感情を見抜こうとするとき
富士には、月見草がよく似合ふ。
太宰治富嶽百景」(1939)
決意小さなものの中に美しさを見つけたとき
身体が傷つけられるとき、私すなわち思惟するもの以外の何物でもない私は、そのために苦痛を感じないはずであり。
デカルト省察」(1641)
論理,違和感心と体の関係に疑問を持つとき
桃太郎は如何に怠惰であるかは、この話の冒頭にも述べた通りである。
芥川龍之介桃太郎」(1924)
皮肉、痛快ヒーロー像を疑いたくなったとき
その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後(あと)に生き残っているのは必竟(ひっきょう)時勢遅れだという感じが烈(はげ)しく私の胸を打ちました。
夏目漱石こころ」(1914)
喪失感, 絶望, 時代への違和感自分が所属していた時代や価値観が終わったと感じるとき、生きる意味を失ったとき
別にこれという分別も出ない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
無力感・孤独困難な状況下で判断力を失ったとき、将来への不安に襲われたとき
魔物がひとの家にはじめて現われる時には、あんなひっそりした、ういういしいみたいな姿をしているものなのでしょうか。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
恐怖、不安、怖れ危険な人物や悪い出来事が静かに忍び寄ってくることに気づいたとき
吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘(わがまま)なものだと断言せざるを得ないようになった。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
怒り、諦観人間の身勝手さに気づいたとき
黒い水の面にはきらきらと美しい星の影が映っていた。
森鷗外高瀬舟」(1916)
静けさ、余韻答えの出ない問いを抱えて夜を過ごすとき
隠すということは、自分で自分を殺すということだ。
島崎藤村破戒」(1906)
絶望,苦悩自分の出自を隠し続けることに疲れ果てたとき