助けられたが不思議なくらい、嬢様別してのお情けだわ
泉鏡花高野聖」(1900)
俺は総領で家督をしているが、どうかして難しい家の養子になってみたい。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
我より福を分ち与うれば、人もまた我に福を分ち与うべく、天道は復すことを好む。
幸田露伴努力論」(1912)
飴だまは一つしかないので、お母さんは困ってしまいました。
新美南吉飴だま」(1943)
私は恥じます。これからは一回一円ずつ払いなさい。
小泉節子思い出の記」(1908)
京は広い所ですから、よいこともきっとあって、安心がさせていただけると思います。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(22 玉鬘)」(1914)
こんなおいしいご飯を食べたことはないと思うほどだった。
有島武郎生れ出づる悩み」(1918)
この上にいっそう苦痛を加えるだけだと思って、御息所はしいて冷ややかになっているのだ。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(10 榊)」(1914)
あいつはいつも歪んだ顔をして、窓のそばに突っ立っている。
萩原朔太郎月に吠える」(1917)
このままの姿では、とても何千里となく遠い国へ帰ることはできません。
小川未明赤い船」(1922)
お前さんは真っ先に私の肥料になったんだねえ
谷崎潤一郎刺青」(1910)
何でも人間の行くべき所は江戸に限る。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
春みじかし何に不滅ふめつの命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
与謝野晶子みだれ髪」(1901)