源氏が須磨・明石に流浪していた頃、京では多くの人が悲しい思いで暮らしていた。中でも常陸宮の娘である末摘花は、父宮の死後、誰の保護もない心細い境遇にあったが、源氏との縁で物質的援助を受け、数年間は生活苦から救われていた。しかし源氏の失脚後、彼女への援助は途絶え、古い女房たちは次々と去り、邸は荒れ果てて狐の巣のようになった。
生活に困窮しても、末摘花は父宮の形見の品々や邸を手放すことを頑として拒んだ。母の妹である叔母は、夫の九州赴任に際して末摘花の同行を強く勧めたが、彼女は源氏への想いを捨てきれず、いつか思い出してもらえると信じて京に留まった。
源氏が帰京し栄華を取り戻しても、末摘花だけは忘れ去られたままだった。冬の深まりとともに絶望が募る中、兄の禅師から源氏の盛大な法要の話を聞き、ついに諦めかけた。そこへ出発直前の叔母が訪れ、荒廃した邸の様子に驚愕する。