なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。
小川未明赤い蝋燭と人魚」(1921)
人生は何事もしないには余りに長いが、何事かをするには余りに短い。
中島敦山月記」(1942)
我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり
夏目漱石三四郎」(1908)
この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……
太宰治魚服記」(1933)
しらじらと夜が明けていたのである。
太宰治」(1947)
時には風の音や鶴の鳴き声にも驚きました
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
わしは人の野宿をしそうな森の中や橋の下を尋ね回って、これまで大勢の人を連れて帰った。
森鷗外高瀬舟」(1916)
京は広い所ですから、よいこともきっとあって、安心がさせていただけると思います。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(22 玉鬘)」(1914)
男は化粧した女のような白い顔をしているものではないのに、若い玉鬘の心はそれを軽蔑した。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(29 行幸)」(1914)
コケモモの真の味が知りたかったら牛童かシャコに聞くがよい。
ソロー森の生活」(1854)
何のことはない、四畳半の座敷が書物で埋まっているのだ。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
ただ生死の別れだけが私たちを引き離すものだと思います。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(23 初音)」(1914)
わたしはくちびるにべにをぬって、あたらしい白樺の幹に接吻した。
萩原朔太郎月に吠える」(1917)
人は必要以上の仕事をして生活を複雑にしすぎている。
ソロー森の生活」(1854)
どうしても我ら猫族が親子の愛を全うするには人間と戦ってこれを滅ぼさねばならない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
こんな所に誰が居るものか、一度出たらば鉄砲玉で、再び帰ってこはしないぞ。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
私はこの時初めて、言いようのない疲労と倦怠とを、そして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れることができたのである。
芥川龍之介蜜柑」(1919)