狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。
萩原朔太郎猫町」(1935)
皮肉非科学的な現象を科学で説明しようとするとき
老いぼれて飛ばず鳴かない遠い方の森のふくろうが笑うだろうか
柳田国男遠野物語」(1910)
諦念自分の行動に迷いや不安を感じるとき
あなた、自分の部屋の中で、ただ読むと書くばかりです。
小泉節子思い出の記」(1908)
心配大切な人の生き方を案じるとき
どこがそんなに自分を惹きつけるのだろうと不思議でならなかった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(04 夕顔)」(1914)
孤独愛されているはずなのに相手の本心がわからず不安なとき
それから、また元のところに帰って、こっくりこっくり眠り始めました。
新美南吉飴だま」(1943)
安堵思いやりある行動の後の静かな余韻に浸りたいとき
自分の体もまた一つの大自然であり、山あり川あり、無限の喜びと悲しみを持っている大きな天地ではないだろうか。
中井正一美学入門」(1941)
畏怖自分という存在の神秘に気づくとき
これも小さいながら、命のあるものに違いない。
芥川龍之介蜘蛛の糸」(1918)
慈愛小さな存在の価値を見つめ直したいとき
私はそういうものを身近に見て、素直に死にたいと思う。
岡本かの子老妓抄」(1938)
切なさ人生の意味を考えるとき
私共と彼等とは、生きるために作られた人間であるということに何の差があろう?
宮本百合子貧しき人々の群」(1916)
覚悟差別や格差について考えるとき
私は議論をして、勝ったためしがない。
太宰治魚服記」(1933)
劣等感自分の弱さを認めるとき
飴だまは一つしかないので、お母さんは困ってしまいました。
新美南吉飴だま」(1943)
切なさどうしても解決できない問題に直面したとき
いくかへり行きかふ秋を過ごしつつ浮き木に乗りてわれ帰るらん
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(18 松風)」(1914)
無常人生の流転を感じているとき
本当に人間はいいものかしら。本当に人間はいいものかしら
新美南吉手袋を買いに」(1943)
問い固定観念が揺らいだとき
侍はそれを舟のへりに乗せ、刀でぱちんと二つに割りました。
新美南吉飴だま」(1943)
驚き予想外の優しさに出会ったとき
この痛みも、もう大きいので、参ったら、多分私は死ぬでしょう。
小泉節子思い出の記」(1908)
覚悟自分の死を予感したとき
皆源氏の君と恋する心がもたらした罪だ、その人への愛を今自分は根底から捨てなければならない。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(09 葵)」(1914)
絶望愛することの罪深さに気づき、諦めを決意したとき
真の懐疑家はソフィストではなくてソクラテスであった。
三木清人生論ノート」(1941)
畏怖知的誠実さとは何かを考えるとき
「病牀六尺」が百に満ちた。
正岡子規病床六尺」(1902)
感慨日記を書き続けてきた節目のとき
では、俺が引き剥ぎをしようと恨むまいな。俺もそうしなければ、餓死する体なのだ。
芥川龍之介羅生門」(1915)
皮肉相手の論理を逆手に取って反撃するとき
青白い番兵は気にかかる。
宮沢賢治やまなし」(1923)
好奇心正体不明のものに出会ったとき