時には風の音や鶴の鳴き声にも驚きました
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
足あり、仁王の足の如し。足あり、他人の足の如し。
正岡子規病床六尺」(1902)
名前なんてどうでもいいじゃないか。忘れたって全然不自由はしない。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね。
岡本かの子老妓抄」(1938)
かかる生きた眼によって見る光が、初めて明るい光、暗い光、燃える紅、しみ入る大空の自由の青さを見ることができるのである。
中井正一美学入門」(1941)
努力は功の有無によって、これを敢えてすべきか否かを判断すべきものではない。
幸田露伴努力論」(1912)
ところが満州の戦場で大規模な殺戮を始めてからは、文明国と呼ぶようになった。
岡倉天心茶の本」(1906)
ああ、真の美の人を動かすことはあのとおりさ。
泉鏡花外科室」(1895)
俺に父親てておやがあるとしたら、それは俺の敵かたきじゃ。
菊池寛父帰る」(1917)
そんなことをするくらいなら、私はもう死んだ方がましです。
宮沢賢治よだかの星」(1934)
何でも人間の行くべき所は江戸に限る。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
しかも季節に縁のないレインコートをひつかけていた。
芥川龍之介歯車」(1927)
恋しい藤壺の宮によく似ているからだと気がついた瞬間にも、思慕の涙が熱く頬を伝わった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(05 若紫)」(1914)
神様があの美貌に見入ってどうかなさらないかと思われるね、気味の悪い。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(07 紅葉賀)」(1914)
悪魔のささやきというのは、たぶんああしたことを指すのではありますまいか。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
立派な身なりの、五十年配の奥さんが、椿屋の勝手口にお酒を売りに来て、一升三百円、とはっきり言いまして。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)