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武蔵野
国木田独歩(1898年)
約39分
15,739字
あらすじ — 東京の郊外に広がる自然が、こんなにも美しいなんて。
明治の作家・国木田独歩が、東京郊外の武蔵野を歩き回って書いた自然エッセイ。雑木林の美しさ、四季の移ろい、落ち葉を踏む音、夕日に染まる林――都会のすぐそばにある自然の中を歩くことが、こんなにも心を揺さぶるものだと気づかせてくれる。ツルゲーネフの影響を受けながら、日本の風景を詩的に描き出した不朽の名作。散歩が好きな人、自然の中でぼーっとしたい人に刺さる一冊。
この作品のひとふみ
武蔵野の美についてはだれが一番よく知っているか。 自分は先ず蕪村を推したい。
国木田独歩
武蔵野に散歩する人は、 道に迷うことを苦にしてはならない。
国木田独歩
今の武蔵野は昔の武蔵野ではない。 しかし今の武蔵野にも、 自然の美がないと云うものは、 必ずしも自然を解していないのだ。
国木田独歩
落葉の音と自分の足音とのほかには何の音もなく、 非常な静かさが四辺を領していた。
国木田独歩
林を出て広い畑に出ると、 からりと晴れた空が頭の上に展開し、 秋の日が一面にきらめいていた。
国木田独歩
秋の半ば、十月の末から此の雑木林の変化は見事である。
国木田独歩
自分はかつて此の境に佇立して、 落日の光の穏やかに林を照すのを見て、 かの詩人の詩にはじめて思い当ることがあった。
国木田独歩
武蔵野の俤は今纔かに此の大きな林に残っている。
国木田独歩
この落葉林の趣きは、 いかにも東京のすぐそばにある自然として 最も相応しいではないか。
国木田独歩
自分は風景の中に生きているのである。 自分は風景の一部分であるのだ。
国木田独歩
されば武蔵野の美にして、 一日だも変化のない日はなかった。
国木田独歩
自分はこうした武蔵野を愛するものである。
国木田独歩
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