私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。
夏目漱石私の個人主義」(1914)
生きた哲学は現実を理解し得るものでなくてはならぬ。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
われらに罪を犯すものをわが赦すごとくわれらをも赦したまえ
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
あなたが生んだという賢一郎は二十年も前に築港で死んでいる。
菊池寛父帰る」(1917)
私は恋というものを(たびたび申し上げたように)あまり好ましく思わないようになっているのです。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
ああ、そのときのお前の顔色の、そしてその唇の色までも、なんと蒼ざめていたことったら!
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道があり得るだろうか。
坂口安吾堕落論」(1947)
何のことはない、四畳半の座敷が書物で埋まっているのだ。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
かかる生きた眼によって見る光が、初めて明るい光、暗い光、燃える紅、しみ入る大空の自由の青さを見ることができるのである。
中井正一美学入門」(1941)
はなやかな御生活をなさったことも皆過去のことになって。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(28 野分)」(1914)
指導者は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。
太宰治黄金風景」(1939)
絶好のチャンスですぜ。猟奇的ですぜ。檀那。
永井荷風濹東綺譚」(1937)
飴だまは一つしかないので、お母さんは困ってしまいました。
新美南吉飴だま」(1943)