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愛と認識との出発
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背景解説
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私は恋というものを(たびたび申し上げたように)あまり好ましく思わないようになっているのです。
倉田百三「愛と認識との出発」
背景解説
一度深く恋をした者だからこそ言える言葉。恋の甘さの裏にある危険性を知り尽くした人の、悲しくも賢明な判断。
なぜ恋を「好ましく思わない」のか。
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『愛と認識との出発』の他のひとふみ
地上の運命と、それに対する知恵とに目覚めたのであった。
倉田百三
愛されたい願いが善い願いならば事実として愛されなくとも、死ぬまで依然として愛されたいと願うべきである。
倉田百三
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倉田百三
青春は短い。宝石のごとくにしてそれを惜しめ。
倉田百三
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「諦念」が響くひとふみ
幸福は一生、来ないのだ。それは、わかっている。
太宰治
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太宰治
ただ、一切は過ぎて行きます。
太宰治
おまえはもうカムパネルラを探してもむだだ
宮沢賢治
しかし、下人は雨がやんでも、特別どうしようという当てはない。
芥川龍之介
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