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しかし、ヘルンは辺鄙なところ程好きであったのです。東京よりも松江がよかったのです。日光よりも隠岐がよかったのです。
小泉節子「思い出の記」
背景解説
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)って、日本に来たら誰もが東京とか有名な場所に行きたいって思うじゃん。でも彼は逆。人気のない片田舎の松江の方が、何倍も好きだったんです。つまり、世間の常識とか有名度とかぜんぜん気にせず、自分の心が喜ぶ場所を選んじゃう、そういう自分勝手なくらいの自由さを持ってたってわけ。
そんなヘルンが松江で出会った日本の文化や人間関係が、彼の人生をどう変えていくのか——それが超興味深いんです。
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『思い出の記』の他のひとふみ
遠い外国で便り少い独りぽっちとなって一時は随分困ったろうと思われます。
小泉節子
辺鄙で不便なのをも心にかけず、俸給も独り身の事であるから沢山は要らないから、赴任したようでした。
小泉節子
色々の虫が鳴いて居るのです。山が虫の声になってしまって居るようで、それでしんとして淋しうございました。
小泉節子
『私あの有様見ました、心痛いです。今日もう面白くないです。もう切るないとあなた頼み下され』
小泉節子
『あなたどう思いますか』などと申しました。
小泉節子
私この小泉八雲、日本人よりも本当の日本を愛するです
小泉節子
美しい勇気と、如何に正直の心だと云うので、ひどく賞めていました
小泉節子
『私の好きの遊び、あなたよく知る。ただ思う、と書くとです。書く仕事あれば、私疲れない、と喜ぶです。書く時、皆心配忘れるですから、私に話し下され』
小泉節子
こんな時には私はいつもあの美しいシャボン玉をこわさぬようにと思いました。そう思うから叱られても腹も立ちませんでした。
小泉節子
面白い時には、世界中が面白く、悲しい時には世界中が悲しい
小泉節子
私死にましたの知らせ、要りません。若し人が尋ねましたならば、はああれは先頃なくなりました。それでよいです
小泉節子
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