そうして、その翌る日のあけがた、私は、あっけなくその男の手にいれられました。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
切なさ, 無常感, 諦念自分の人生が予期せず変わる瞬間を知ったとき
疑い、理解し、肯定し、否定し、欲し、欲せぬ、なおまた想像し、感覚するものである。
デカルト省察」(1641)
思考の豊かさ人間の心の複雑さに向き合いたいとき
まず内包的見地にあって、「いき」の第一の徴表は異性に対する「媚態」である。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
知的興奮日本の美意識について考えたいとき
極正直者でした。微塵も悪い心のない人でした。女よりも優しい親切なところがありました。ただ幼少の時から世の悪者共に苛められて泣いて参りましたから、一国者で感情の鋭敏な事は驚く程でした。
小泉節子思い出の記」(1908)
共感、哀しみ、尊敬純粋さゆえの生きづらさを感じているとき、人生経験が人格を作ることを実感するとき
人間の能力は決して計算ずみではない。またわれわれはどれかの前例によってそれの能力を判断すべきではない。まだ試みられた部分はいかにも少ないのである。
ソロー森の生活」(1854)
希望自分の可能性を信じられなくなったとき
鐵は、用ひない時に、※る。溜り水は、濁つて、寒天には、氷結する。懈怠が心の活力を奪ふ事も亦、これに比しい。
レオナルド・ダ・ヴインチレオナルド・ダ・ヴインチの手記」(1914)
行動への鼓舞怠けてしまっている自分に喝を入れたいとき
お母さんは、坊やの片方の手をとって、それを人間の子どもの手にかえました。
新美南吉手袋を買いに」(1943)
魔法、不安子供を信じて送り出すとき
私はまさしくただ思惟するもの、言い換えれば、精神、すなわち霊魂、すなわち悟性、すなわち理性である
デカルト省察」(1641)
自己の本質自分とは何かを突き詰めて考えたいとき
人間は理性によってというよりも想像力によって動物から区別される
三木清人生論ノート」(1941)
希望論理だけでは掴めない何かを感じたとき
美しい閨秀作家としての彼女は、此の頃では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
誇り、逆転、力強さ自分の力を信じたいとき、夫の陰に隠れたくないとき
俺は俺に間違いないじゃないか。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
開き直り、決意自分が何者であるかわからなくなったとき、それでも自分は自分であると確認したいとき
黒い水の面にはきらきらと美しい星の影が映っていた。
森鷗外高瀬舟」(1916)
静けさ、余韻答えの出ない問いを抱えて夜を過ごすとき
自分のこのからだがアイスクリームのように溶けて流れてしまえばいい
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
絶望追い詰められた状況で現実から逃げたいとき
内供は実にこの鼻によって傷つけられる自尊心のために苦しんだのである。
芥川龍之介」(1916)
悲しみ, 自己嫌悪自分の欠点に直面したとき
猪子先生は 壇上で倒れた。 差別と闘い続けた その体は、もう限界であった。
島崎藤村破戒」(1906)
悲痛信じていた人を失いそうになるとき
そうだ、兵十のおっ母(かあ)は、病気だったんだ。あの鰻(うなぎ)を食べたいと云ったにちがいない。ところが、わしがいたずらをして、鰻を取って来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせる事ができなかった。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
後悔、罪悪感自分のせいで誰かを傷つけたと気づいたとき
人が自分を知ってくれないということは少しも心配なことではない。自分が人を知らないということが心配なのだ。
下村湖人現代訳論語」(1949)
解放自分の努力が誰にも認められないと感じるとき
真理はあらゆる人によって承認さるべき要求を含んでいる。
三木清哲学入門」(1940)
厳粛正しさについて考えたいとき
もうお別れになるかも知れません。随分ご機嫌よう
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
切なさ、別離の悲しみ大切な人との永遠の別れを覚悟したとき
私はこの時始めて、 云いようのない疲労と倦怠とを そうして又不可解な、下等な、 退屈な人生を僅かに忘れる事が出来たのである。
芥川龍之介蜜柑」(1919)
希望小さなことで救われたとき