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思い出の記
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背景解説
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この痛みも、もう大きいので、参ったら、多分私は死ぬでしょう。
小泉節子「思い出の記」
背景解説
死への直感的な理解と、それを淡々と受け入れる姿勢。「参ったら」という表現に、闘病というより運命との対話のような静けさがある。
自分の死を予感する時、人はどんな言葉を選ぶのか
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坂口安吾
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