どこまでもどこまでも 一緒に行こう
宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934)
友情別れが怖いとき
我母は余を活きたる辞書となさんとし、我官長は余を活きたる法律となさんとやしけん。辞書たらむは猶ほ堪ふべけれど、法律たらんは忍ぶべからず。
森鷗外舞姫」(1890)
反発、自我への目覚め親や上司の期待に縛られ、自分の人生に疑問を持ち始めたとき
あなたはよっぽど度胸のないかたですね
夏目漱石三四郎」(1908)
屈辱, 自己不信別れ際に女に指摘されたとき
人にして人を毛嫌いするなかれ。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
希望, 決意誰かを否定したい気持ちに駆られているとき、自分の視点の狭さに気づきたいとき
私この小泉八雲、日本人よりも本当の日本を愛するです
小泉節子思い出の記」(1908)
決意自分の外見的特徴について指摘されたとき
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
切なさ、救い最後の最後に、やっと気持ちが伝わったとき
そしてそれが花の精かも知れないと怖れることだけは忘れませんでした。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
畏怖、本能的恐怖美しいものの正体を疑うとき
私は生きている。――そうだ、それだけで充分じゃないか。
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
覚悟すべてを失っても前を向くとき
天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
決意努力すれば人生が変わると信じたいとき、または努力の価値を確認したいとき
海蔵は自分がはずかしくなりました。
新美南吉牛をつないだ椿の木」(1943)
恥、気づき自分の小ささに気づいた瞬間
杜子春は又元の大金持になりました。するとどうでしょう。今まで眉をひそめていた、洛陽の都の人達は、急にいそいそと御世辞を云い始めました。
芥川龍之介杜子春」(1920)
皮肉、失望人間の本性を見せつけられて幻滅するとき
秋の半ば、十月の末から此の雑木林の変化は見事である。
国木田独歩武蔵野」(1898)
感動季節の変わり目に自然の美しさを感じたとき
昔、桜の花の下は怖ろしいと思っても、誰も関りのないことでした。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
孤独、畏怖誰にも理解されない恐怖を感じたとき
庄太郎は必死の勇をふるって、豚の鼻頭を七日(なのか)六晩(むばん)叩(たた)いた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻(こんにゃく)のように弱って、しまいに豚に舐(な)められてしまった。
夏目漱石夢十夜」(1908)
絶望, 無力感必死に戦い続けても報われないことに気づいたとき
人間の窓の中では人間の子供が、お母さんに歌ってもらいながら、ねんねしようとしているのでした。
新美南吉手袋を買いに」(1943)
温かさ、切なさ違う世界にも同じ愛があると気づいたとき
人間は誰でも猛獣使であり、 その猛獣に当るのが、 各人の性情だという。
中島敦山月記」(1942)
自覚自分をコントロールできないとき
そうして、その翌る日のあけがた、私は、あっけなくその男の手にいれられました。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
切なさ, 無常感, 諦念自分の人生が予期せず変わる瞬間を知ったとき
内供のそう云う策略をとる心もちの方が、より強くこの弟子の僧の同情を動かしたのであろう。
芥川龍之介」(1916)
希望, 温情誰かの本当の気持ちに気づき、信頼を深めるとき
人が自分を知ってくれないということは少しも心配なことではない。自分が人を知らないということが心配なのだ。
下村湖人現代訳論語」(1949)
解放自分の努力が誰にも認められないと感じるとき
最大の不幸は、理論が手腕を超過した時である。
レオナルド・ダ・ヴインチレオナルド・ダ・ヴインチの手記」(1914)
実践の重要性考えすぎて動けなくなっているとき