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ドグラ・マグラ
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空っぽの記憶の中に、空っ...
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背景解説
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空っぽの記憶の中に、空っぽの私が生きている。
夢野久作「ドグラ・マグラ」
背景解説
「空っぽ」の反復が効果的。虚無感と存在の軽やかさを同時に表現した、哲学的な美しさを持つ文。
空虚な存在にも意味はあるのだろうか?
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『ドグラ・マグラ』の他のひとふみ
俺はこんな人間を知らない。
夢野久作
名前なんてどうでもいいじゃないか。忘れたって全然不自由はしない。
夢野久作
世界中にたった二人の私たちがここにいるのです。
夢野久作
私は依然として未知の世界にいる未知の私であった。
夢野久作
何という不思議な、何という馬鹿げたことだろう。
夢野久作
天から降ったか、地から湧いたか。
夢野久作
「無常」が響くひとふみ
これが私たち親子が神さまからいただいた短い休息の期間であったとしても
太宰治
けれども本当の幸いはいったい何だろう
宮沢賢治
下人の行方は、誰も知らない。
芥川龍之介
昨日の正しさが今日の誤りになる、そういう瞬間瞬間の感覚を、ペンで写して誰に見せるのか。
森鷗外
今に自分も、あの煙突から煙になって出るのだ。
小泉節子
靴なしじゃ子供を教えにも行かれない
ドストエフスキー
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