私は癖として都の話を聞くのが病でございます
泉鏡花高野聖」(1900)
水と建築とはこの町に住む人々の常に顧慮すべき密接なる関係に立っているのである。
芥川龍之介魔術」(1920)
カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ。どこまでもどこまでも一緒に行こう。
宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934)
昨日の正しさが今日の誤りになる、そういう瞬間瞬間の感覚を、ペンで写して誰に見せるのか。
森鷗外舞姫」(1890)
問題は、お前が、何んの為めにかうしているかつていうことだ。
岸田国士紙風船」(1925)
一刻も早く自分の過去から逃れたかった。彼は、自分自身からさえも、逃れたかった。
菊池寛恩讐の彼方に」(1919)
さっき一度紙くずのようになった二人の顔だけは、もう元の通りに治りませんでした。
宮沢賢治注文の多い料理店」(1924)
回という人間は決して馬鹿ではないのだ。
下村湖人現代訳論語」(1949)
わたし雷さまより光るのがいやなの。
永井荷風濹東綺譚」(1937)
哲学は常識の単なる延長でもなければ、科学の単なる拡張でもない。
三木清哲学入門」(1940)
私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだから、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
全く、どんな事でも起こり得るのだと思って、深く恐れた。
中島敦山月記」(1942)
他の人の行くことを嫌うところへ行け。他の人の嫌がることをなせ
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
僕はお母さんが、本当に幸せになるなら、どんなことでもする。
宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934)