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源氏物語(16 関屋)
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逢坂の関やいかなる関なれ...
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背景解説
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逢坂の関やいかなる関なれば繁きなげきの中を分くらん
紫式部(与謝野晶子訳)「源氏物語(16 関屋)」
背景解説
「逢坂の関って一体どんな関所なのだろう、こんなにも深い嘆きの中を通り分けるなんて」という意味。関所に自分の人生を重ね、運命への問いかけが切ない。
この嘆きの真の深さを、源氏は理解できるのか?
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