自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならない
夏目漱石私の個人主義」(1914)
納得自分の自由と他者の自由の折り合いに悩むとき
聖賢の道を学び、あらゆる機会に思索体験をつんで、それを自分の血肉とする。何と生き甲斐のある生活だろう。
下村湖人現代訳論語」(1949)
喜び学ぶことの意味がわからなくなったとき
射之射ではなく、不射之射でなければならぬ。
中島敦名人伝」(1942)
畏敬、神秘技術の先にある哲学に触れたいとき
どうも奥には、よほどえらいひとがきている。こんなとこで、案外ぼくらは、貴族とちかづきになるかも知れないよ。
宮沢賢治山越え」(1921)
希望と自信危険な状況を楽観的に解釈したいとき
人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩の一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、散歩も出来ない。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
不満、窮屈さ理想と現実のギャップに直面し、自由が制限されることに気づいたとき
お茶がおいしいときにも、 きっとお父さんを思い出す
太宰治女生徒」(1939)
切なさ大切な人を思い出すとき
別にこれという分別も出ない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
無力感・孤独困難な状況下で判断力を失ったとき、将来への不安に襲われたとき
我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか
森鷗外舞姫」(1890)
怒り、絶望信頼していた者に裏切られたことに気づいたとき
百年はもう来ていたんだな
夏目漱石夢十夜」(1908)
希望, 喜び, 切なさ長く待った先に予期しない幸福を発見したとき
桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
不穏、挑発常識を疑いたくなったとき
当軒は注文の多い料理店ですから どうかそこはご承知ください
宮沢賢治注文の多い料理店」(1924)
恐怖何かがおかしいと薄々気づいたとき
日は傾きて風吹き酔いて人呼ぶ者の声も淋しく女は笑い児は走れどもなお旅愁をいかんともする能わざりき。
柳田国男遠野物語」(1910)
孤独, 切なさ祭りの賑わいに囲まれながらも、心が満たされないとき
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。お前たちは一体誰に尋(き)いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」
芥川龍之介蜘蛛の糸」(1918)
怒り、恐怖、利己心せっかく手にした希望を失いたくないとき、他者との競争に追い詰められるとき
きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写して誰にか見せむ。
森鷗外舞姫」(1890)
虚無感、不安定さへの気づき自分の変わりやすさに気づいたとき
私はお前たちに何を遺してやったらいいかを考えた。お前たちの生涯の伴侶として何が一番役に立つかを考えた。
有島武郎小さき者へ」(1918)
慈愛子どもに何を残せるか考えるとき
或春の日暮です。唐の都洛陽(らくよう)の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
芥川龍之介杜子春」(1920)
孤独、虚無人生に行き詰まって、ぼんやりしてしまうとき
自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊(たっ)とく見える事はない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
悟り、自覚、謙虚さ自分の愚かさに気づいたとき、人生に迷っているとき
どうせ死ぬんだから、旨(うま)いものでも食って死ななくっちゃ
夏目漱石こころ」(1914)
切なさ, 悲しみ死を覚悟した時に, 人生の無常さを感じた時に
ごんは一人ぼっちの小ぎつねで、しだの一ぱい茂った森の中に穴をほって住んでいました。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
孤独、寂しさ一人でいることの寂しさを感じるとき
「お母さん。」と一声叫んだと思うと、杜子春の体はもう何時の間にか、元の洛陽の西の門の下に、夕日を浴びて、ぼんやり佇んでいたのです。
芥川龍之介杜子春」(1920)
愛、解放理屈を超えた感情が溢れ出す瞬間