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富士が、よかつた。
太宰治「富嶽百景」
背景解説
吉田の宿で夜、月光に照らされた富士を見た太宰がこぼした一言。散々「俗だ」「ペンキ画だ」と馬鹿にしていたのに、この簡素な言葉。理屈じゃなく、ただ「よかった」。嫌いなものに不意打ちで感動させられる経験、あるでしょう。
嫌いだったはずのものに、不意打ちされた夜。
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『富嶽百景』の他のひとふみ
富士には、月見草がよく似合ふ。
太宰治
いいねえ。富士は、やつぱり、 いいとこあるねえ。 よくやつてるなあ。
太宰治
霧の深いのを、 残念にも思はなかつた。
太宰治
けれども、苦悩だけは、 その青年たちに、先生、と 言はれて、だまつてそれを 受けていいくらゐの、 苦悩は、経て来た。
太宰治
富士山、さやうなら、 お世話になりました。パチリ。
太宰治
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