自分が、どのように生きるべきかを学んでいると思っている間に、自分は、どのように死ぬべきかを学んでいたのである。
レオナルド・ダ・ヴインチレオナルド・ダ・ヴインチの手記」(1914)
非人情でなくっちゃ、こうは動けませんよ
夏目漱石草枕」(1906)
私は依然として未知の世界にいる未知の私であった。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
私は本能的に感じた、私がもし生きるためには一日一食で十分だというのが発見されたら、人々は二食とることはなくなるだろう。
ソロー森の生活」(1854)
はなやかな御生活をなさったことも皆過去のことになって。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(28 野分)」(1914)
河童の国は当時の僕には故郷のように感ぜられましたから。
芥川龍之介河童」(0)
垢抜して(諦)、張のある(意気地)、色っぽさ(媚態)
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
誰でも絶えず努力しているものは、われ等が救うことが出来る。
ゲーテファウスト」(1808)
なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。
小川未明赤い蝋燭と人魚」(1921)
鏡は自惚れの醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
私を取り巻く人の運命が、大きな輪廻のうちに、そろそろ動いているように思われた。
夏目漱石こころ」(1914)
ただ私に知られていることについてのみ、私は判断を下し得る。
デカルト省察」(1641)
楽しいことは、常に容易ならないものを、その背中に担っているはずである。
中井正一美学入門」(1941)
飴だまは一つしかないので、お母さんは困ってしまいました。
新美南吉飴だま」(1943)
私たち、これから本当に生きられるだけ生きましょうね……
堀辰雄風立ちぬ」(1938)