俺たちには、俺たちしか味方がねえんだな。初めて分かった
小林多喜二蟹工船」(1929)
文明の事を行う者は私人の人民であり、その文明を護る者は政府だ
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
我より福を分ち与うれば、人もまた我に福を分ち与うべく、天道は復すことを好む。
幸田露伴努力論」(1912)
どうせ死ぬのだと思うと、そこに世間もなければ主従もなかった。
菊池寛恩讐の彼方に」(1919)
この世はこんな不公平なものなのかと思って末摘花は恨めしく苦しく切なく一人で泣いてばかりいた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(15 蓬生)」(1914)
あなた、自分の部屋の中で、ただ読むと書くばかりです。
小泉節子思い出の記」(1908)
新しくせねばならぬと思うところの旧いものは、未練気なく斥けてしまわねばならぬのである。
幸田露伴努力論」(1912)
私の恋人は、どんなところに埋められても、そのところ々々によってきっといい事をします。
葉山嘉樹セメント樽の中の手紙」(1926)
男一匹なる句は一種爽快なる感想を人に与える。
新渡戸稲造自警録」(1916)
楽しいことは、常に容易ならないものを、その背中に担っているはずである。
中井正一美学入門」(1941)
おれは食欲があるが、あんなものはいやだ。
フランツ・カフカ変身」(0)
ああ、真の美の人を動かすことはあのとおりさ。
泉鏡花外科室」(1895)
ただ私に知られていることについてのみ、私は判断を下し得る。
デカルト省察」(1641)
見渡せば花ももみじもなかりけり浦のとまやの秋の夕暮れ
岡倉天心茶の本」(1906)