私は自分が日記をつけていることを夫に感づかれるようなヘマはやらない。
谷崎潤一郎」(1956)
我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり
夏目漱石三四郎」(1908)
武蔵野を除いて日本にこのような所がどこにあるか。
国木田独歩武蔵野」(1898)
西洋料理を、来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家ということなんだ。
宮沢賢治注文の多い料理店」(1924)
僕の魂のアフリカはどこまでもぼうぼうと広がっている。
芥川龍之介或阿呆の一生」(1927)
ことに太ったお方や若いお方は、大歓迎いたします
宮沢賢治山越え」(1921)
この足を持つ女こそは、彼が永年探しあぐねた、女の中の女であろうと思われた。
谷崎潤一郎刺青」(1910)
なかなかに折りやまどはん藤の花たそがれ時のたどたどしくば
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(33 藤のうら葉)」(1914)
時はわたしが釣りに行く小流れにすぎない
ソロー森の生活」(1854)
ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えに来たんだ
宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934)
俺は総領で家督をしているが、どうかして難しい家の養子になってみたい。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
無限なものの知覚は有限なものの知覚よりも先のものとして私のうちにある。
デカルト省察」(1641)
媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)