われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
ああ、この匂い……これはいつぞや、ダンスの教授のシュレムスカヤ伯爵夫人……
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
あなたが生んだという賢一郎は二十年も前に築港で死んでいる。
菊池寛父帰る」(1917)
体中とても血の回りがよくなって大変いい気持ちです。
宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」(1934)
私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような街へ行ってしまいたかった。
梶井基次郎檸檬」(1925)
空っぽの記憶の中に、空っぽの私が生きている。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
コケモモの真の味が知りたかったら牛童かシャコに聞くがよい。
ソロー森の生活」(1854)
こうして変わらない愛をかける源氏に真心から信頼している様子に同情がされた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(23 初音)」(1914)
このごろはモルヒネを飲んでから写生をやるのが何よりの楽しみとなっている。
正岡子規病床六尺」(1902)
しかし東京ないし大阪のようになるということは、必ずしもこれらの都市が踏んだと同一な発達の道筋によるということではない。
芥川龍之介魔術」(1920)
幸福は一生、来ないのだ。それは、わかっている。
太宰治女生徒」(1939)