何でも人間の行くべき所は江戸に限る。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
問題は、お前が、何んの為めにかうしているかつていうことだ。
岸田国士紙風船」(1925)
あきれるとともにくやしくてならない心になったが、人違いだとも言えず困った。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
鏡は自惚れの醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
万というからには何事でも、口入れをするのが本当です。
芥川龍之介仙人」(1922)
はんの木は本当に砕けた鉄の鏡のように輝き
宮沢賢治やまなし」(1923)
真に自己に内在的なものは超越的なものによって媒介されたものでなければならない。
三木清哲学入門」(1940)
自分の中にある偉大なものの小ささを感じることのできない人は、他人の中にある小さなものの偉大さを見逃しがちである。
岡倉天心茶の本」(1906)
どうです? 一つとりませんか? これも職工の肉ですがね。
芥川龍之介河童」(0)
この足を持つ女こそは、彼が永年探しあぐねた、女の中の女であろうと思われた。
谷崎潤一郎刺青」(1910)
いくかへり行きかふ秋を過ごしつつ浮き木に乗りてわれ帰るらん
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(18 松風)」(1914)
あまりまじめ一方で、最後まで女らしく書かれていないのが悪いと思うのですよ。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(25 蛍)」(1914)
君の杖を立ててその倒れた方に往きたまえ。
国木田独歩武蔵野」(1898)
未来の天才は、まだそれらの実の中に何人いるかも分からないまま眠っている。
芥川龍之介桃太郎」(1924)
娘の時代だったならと取り返しのつかない運命が悲しかった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)