或春の日暮です。唐の都洛陽(らくよう)の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
芥川龍之介杜子春」(1920)
孤独、虚無人生に行き詰まって、ぼんやりしてしまうとき
私はまさしくただ思惟するもの、言い換えれば、精神、すなわち霊魂、すなわち悟性、すなわち理性である
デカルト省察」(1641)
自己の本質自分とは何かを突き詰めて考えたいとき
蝶子は柳吉に惚れていた。 惚れた相手なら仕方がないと 思うのが女の悲しさであった。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
切なさ好きな人にどうしても甘くなってしまうとき
鳥も獣も一疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。
宮沢賢治山越え」(1921)
焦燥感、暴力衝動獲物がいない山で、何でもいいから撃ちたい欲望に駆られたとき
内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。
芥川龍之介」(1916)
決意, 孤独世間的な成功よりも自分の尊厳を守りたいと葛藤するとき
お上の事には間違はございますまいから。
森鷗外最後の一句」(1915)
皮肉、反骨権威に対して疑問を感じながらも従わざるを得ないとき
野暮は垣根の外がまへ、三千楼の色競べ、意気地くらべや張競べ
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
かっこよさの本質を知りたいとき
頭の悪い人足ののろい人がずっとあとからおくれて来てわけもなくそのだいじな宝物を拾って行く場合がある
寺田寅彦科学者とあたま」(1933)
希望自分は要領が悪いと落ち込んだとき
谷間には希望の幸福が緑いろに萌えている。
ゲーテファウスト」(1808)
希望春の訪れや新しい季節の始まりを感じるとき
兎に角君に教えるがね。一切の理論は灰いろで、緑なのは黄金なす生活の木だ。
ゲーテファウスト」(1808)
覚醒頭でっかちになって行動できないとき
自分はかつて此の境に佇立して、 落日の光の穏やかに林を照すのを見て、 かの詩人の詩にはじめて思い当ることがあった。
国木田独歩武蔵野」(1898)
気づき本の中の言葉が現実と重なった瞬間
それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅の嗅覚のみの恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。これこそ、悪魔の国の愛慾なのではございますまいか。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
陶酔, 恐怖, 倒錯椅子の中で人間の肉体に触れることの快楽に目覚めたとき
美しい閨秀作家としての彼女は、此の頃では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
誇り、逆転、力強さ自分の力を信じたいとき、夫の陰に隠れたくないとき
クラムボンは死んだよ。
宮沢賢治やまなし」(1923)
恐怖、悲しみ無邪気な世界に突然死が侵入してくるとき
私達はいまこそあらん限りの力で生きようとしなければならないのだ。
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
決意今この瞬間を全力で生きたいとき
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
夏目漱石草枕」(1906)
切なさ、諦観人間関係や社会的な立場に悩んでいるとき、どうしても正解のない状況に直面したとき
私は、信頼に 報いなければならぬ。
太宰治走れメロス」(1940)
決意約束を守りたいとき
考えてるのよ!
ドストエフスキー罪と罰」(0)
決意自分の怠惰を指摘されて、それでも自分が何をしているのか問われたとき
役人どもは皆いちの顔を見た。そしてそこに現われている、人の力では動かすことの出来ぬ「諦めの色」を見た。
森鷗外最後の一句」(1915)
畏怖、緊張相手の覚悟の深さに圧倒されるとき
「引合わないなあ。」
新美南吉ごんぎつね」(1932)
切なさ、諦め報われない努力に疲れを感じるとき