しかし、私の心の上には、切ないほどはっきりと、この光景が焼きつけられた。
芥川龍之介蜜柑」(1919)
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ
石川啄木一握の砂」(1910)
窮屈な境遇の源氏はこうした山歩きの経験がなくて、何もかもみな珍しく面白く思われた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(05 若紫)」(1914)
自分の体もまた一つの大自然であり、山あり川あり、無限の喜びと悲しみを持っている大きな天地ではないだろうか。
中井正一美学入門」(1941)
社会の虫なりというような次第で、それはそれは卑劣とも何とも実に言いようのない悪い事をして少しも恥じない
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
風に吹かれてどこへでも行ってしまおうというのは少し軽々しい。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(28 野分)」(1914)
前にはあのようにあからさまには笑わなかった。
芥川龍之介」(1916)
毛をもって装飾されるべき顔がつるつるしてまるでやかんのようだ。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
誰でも絶えず努力しているものは、われ等が救うことが出来る。
ゲーテファウスト」(1808)
晩に新しい下駄をおろすと狐がつくというよ
新美南吉」(1943)
心にもない歎息をしながら、着がえをして、なお小さい火入れを袖の中へ入れて香をしめていた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(31 真木柱)」(1914)
「いき」は媚態でありながらなお異性に対して一種の反抗を示す強味をもった意識である。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
そう考えるとたまらないほど、自分もカムパネルラも哀れなような気がするのでした。
宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934)
もし速度が光速度に達するならば、物体は一平面に押しつぶされてしまいます。
アインシュタイン相対性理論」(1916)
始終私の心を押さえつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか緩んで来た
梶井基次郎檸檬」(1925)
生きていればいいたい事はいいたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限っていれど、それさえ読めないで苦しんでいる時も多い。
正岡子規病床六尺」(1902)
人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
そんなことをするくらいなら、私はもう死んだ方がましです。
宮沢賢治よだかの星」(1934)