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ヴィヨンの妻
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人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。
太宰治「ヴィヨンの妻」
背景解説
これがヴィヨンの妻の到達点。善悪を超えて、ただ生きること。道徳的な価値観を捨てて、生存を最優先にする強さ。現代でも通用する、ある種の開き直りの美学。
私たちは、生きていさえすれば…
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『ヴィヨンの妻』の他のひとふみ
人間三百六十五日、何の心配もない日が、一日、いや半日あったら、それは幸せな人間です。
太宰治
寸善尺魔、とは、まったく本当のことでございますね。
太宰治
魔物が人の家に初めて現れる時には、あんなひっそりした、初々しいみたいな姿をしているものなのでしょうか。
太宰治
私だって昔は浅草の父の屋台で、客あしらいは決して下手ではなかったのだから。
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神がいるなら、出てきてください!
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太宰治
ただ、一切は過ぎて行きます。
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おまえはもうカムパネルラを探してもむだだ
宮沢賢治
しかし、下人は雨がやんでも、特別どうしようという当てはない。
芥川龍之介
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