求婚者を多数に持つ女の中の模範的な女だと源氏と内大臣は玉鬘を言っていたそうである。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(30 藤袴)」(1914)
見ないでいることは堪えられない気がするのもにわかな愛情すぎるね
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(18 松風)」(1914)
こうして私が数時間前から座っているのに、どうもまだこの部屋は空虚のようだ。
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
一切の無常なるものは ただ影像たるに過ぎず。
ゲーテファウスト」(1808)
人は一つの葦に過ぎない。その性質において最も弱い葦だ。しかし彼は考える葦だ。
パスカルパスカルの言葉」(1943)
私は自分が日記をつけていることを夫に感づかれるようなヘマはやらない。
谷崎潤一郎」(1956)
犀でもなく虎でもなく、あの荒れ野をさまよっている。
下村湖人論語物語」(1938)
美しい人が、美しい眠りについて、その眠りから、覚める暇もなく、この世の息を引き取るとき
夏目漱石草枕」(1906)
これはまあ、何という恐ろしい事実であろう。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
美は常に、無限に変わりつつあるといえる。
中井正一美学入門」(1941)
地上の運命と、それに対する知恵とに目覚めたのであった。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
水と建築とはこの町に住む人々の常に顧慮すべき密接なる関係に立っているのである。
芥川龍之介魔術」(1920)
こんな月夜には、子供たちは何か夢みたいなことを考えがちでした。
新美南吉」(1943)
昨日の正しさが今日の誤りになる、そういう瞬間瞬間の感覚を、ペンで写して誰に見せるのか。
森鷗外舞姫」(1890)
私は本能的に感じた、私がもし生きるためには一日一食で十分だというのが発見されたら、人々は二食とることはなくなるだろう。
ソロー森の生活」(1854)
義援金を出してから、会う人ごとに義援金を取られた、取られたと言いふらしている
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)