武蔵野の俤は今纔かに此の大きな林に残っている。
国木田独歩武蔵野」(1898)
哀愁昔の面影がわずかに残る場所を訪れたとき
たとい如何なる目を見ようとも、 如何なる人に邂逅おうとも、 決してそれは打ち明けるな。 一旦の憤怒悲哀から、 若しそれを白状するような事があったら、 その時こそお前の一生の 不幸だと思え。
島崎藤村破戒」(1906)
緊張自分のことを隠さなければならないとき
好奇心は虚榮に過ぎない。私達は何かの話が出來るといふだけのことで、ある一つの事を知らうと思ふことが、よく有る。
パスカルパスカルの言葉」(1943)
自省SNSで「知ったかぶり」をしてしまったとき
聖賢の道を学び、あらゆる機会に思索体験をつんで、それを自分の血肉とする。何と生き甲斐のある生活だろう。
下村湖人現代訳論語」(1949)
喜び学ぶことの意味がわからなくなったとき
……彼女がもし生きていたならば、今はもうどんなに美しい女になっていたことだろう。
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
哀惜もう会えない人のことを想うとき
謂わばおそろしい魔の淵(ふち)にするすると吸い寄せられるように
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
恐怖人生の決断を迫られるとき
落葉の音と自分の足音とのほかには何の音もなく、 非常な静かさが四辺を領していた。
国木田独歩武蔵野」(1898)
静寂一人で静かな場所を歩いているとき
そしてよだかの星は 燃えつづけました。 いつまでもいつまでも 燃えつづけました。
宮沢賢治よだかの星」(1934)
希望報われたいと願うとき
蛭(ひる)が降るのです。木の枝から、雨のように蛭が降って来る。
泉鏡花高野聖」(1900)
恐怖逃げ場のない恐怖に直面したとき
しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。
宮沢賢治山越え」(1921)
恐怖, 喪失感極限状況から生き残ったとき
庄兵衛はいつも遠島を申し渡された罪人を載せて、大阪へ廻してやる事になっていたのであるが、今迄載せて来た罪人は、いずれも暗い顔をしていた。それに引きかえて喜助の顔は如何にも楽しそうで、若しかすると嬉しいのではなかろうかと思われた。
森鷗外高瀬舟」(1916)
違和感、好奇心常識では理解できない人の態度に出会ったとき
世間の普通の人の身の上に何が起るか。大抵の人は借金をしたり、物を売りとばしたりして暮している。そうして何時までたっても楽にならない。それはいつも先の事を苦にして、今日の一日を楽しまないからではあるまいか。
森鷗外高瀬舟」(1916)
気づき、共感将来の不安に押しつぶされそうなとき
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
存在の問い自分が何者であるかを問い直したいとき
この世の中はけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であることを信ずることである
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
希望世の中が悪い方向に進んでいると感じたとき
始めは小さき鶏かと思いしが溝(みぞ)の草に隠れて見えざればすなわち野鳥なることを知れり。
柳田国男遠野物語」(1910)
驚き, 発見予想と現実のズレに気付いたとき、未知のものに出会ったとき
母も死ぬ三日前に愛想をつかした――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾きをする――このおれを無暗に珍重してくれた。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
孤独誰にも必要とされていないと感じているとき
血がきらいなのです。
江戸川乱歩怪人二十面相」(1936)
不気味さ、奇妙さ敵や困難な対手の正体を知りたいとき
お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っております
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
切なさ大切な人の死を受け入れ、自分の人生の終わりについて考えるとき
ああ、なんという骨の折れる職業をおれは選んでしまったんだろう
フランツ・カフカ変身」(0)
後悔、疲弊、絶望変身という非現実的な状況の中でも、日常の仕事の辛さについて思いを馳せるとき
もう日が暮れる。―― そう思うと良平は一層走らずにはいられなくなった。
芥川龍之介トロッコ」(1922)
恐怖時間がないと焦るとき