けれどもそうした昔の話を読んだりすることがなければ退屈は紛れないだろうね。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(25 蛍)」(1914)
慈愛日常に飽きを感じているとき
努力は功の有無によって、これを敢えてすべきか否かを判断すべきものではない。
幸田露伴努力論」(1912)
決意結果が見えない努力を続けるか迷うとき
私はもうこの世にはいないでしょう。とっくに死んでいるでしょう。
夏目漱石こころ」(1914)
恐怖手紙を読んでいるとき
私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
開き直り全てを受け入れたとき
なかなかに折りやまどはん藤の花たそがれ時のたどたどしくば
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(33 藤のうら葉)」(1914)
謙遜招待を受けて迷うとき
この宮とだけは最も親密な交際ができたのだが、恋愛問題については話されたことがなかった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(24 胡蝶)」(1914)
親愛兄弟間の深い絆を感じるとき
時は本当の審判者でないか
菊池寛」(1920)
狂気死の淵でも譲れない想いがある時
何という美しい、何というおっとりした声なんでしょう。
新美南吉手袋を買いに」(1943)
慈愛愛の普遍性を感じたとき
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。
坂口安吾堕落論」(1947)
覚悟完璧でいることに疲れ果てたとき
それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。
有島武郎一房の葡萄」(1920)
哀愁失ったものの美しさを思うとき
袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬやまと撫子。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(07 紅葉賀)」(1914)
切なさ禁じられた恋に苦しむとき
人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。
中島敦山月記」(1942)
覚悟自分の中にある負の感情と向き合わなければならないとき
私は本能的に感じた、私がもし生きるためには一日一食で十分だというのが発見されたら、人々は二食とることはなくなるだろう。
ソロー森の生活」(1854)
皮肉社会の慣習を疑問視する時
自分の意志を中尉の意志の奴隷にするのと、あまり変わらないこと
菊池寛」(1920)
諦念一方的な関係に疲れ果てた時
しかし、私の心の上には、切ないほどはっきりと、この光景が焼きつけられた。
芥川龍之介蜜柑」(1919)
驚き思いがけない美しい瞬間に出会ったとき
子を知るは親にしかずなどというのは嘘ですよ。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(21 乙女)」(1914)
驚き親の思い込みに気づいたとき
どうぞ私は死んでからただに天国に行くばかりでなく、私はここに一つの何かを遺して行きたい
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
決意自分の人生の意義について真剣に考えているとき
ほんとうに長く同じであるものは悲しい目を見ます
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(20 朝顔)」(1914)
諦観長年連れ添った関係に不安を感じるとき
魂がどこかへあこがれて行ってしまう気がした。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(28 野分)」(1914)
孤独手の届かない想いに苦しむとき
ああ、そのときのお前の顔色の、そしてその唇の色までも、なんと蒼ざめていたことったら!
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
哀愁愛する人の変化に気づいた瞬間