我々は試みては過ち、過っては試みることである。
三木清哲学入門」(1940)
挑戦,学習意欲失敗を恐れずに新しいことに取り組むとき
形体以外の活動を見る能(あた)わざる者に向って己霊(これい)の光輝を見よと強(し)ゆるは、坊主に髪を結(い)えと逼(せま)るがごとく、鮪(まぐろ)に演説をして見ろと云うがごとく、電鉄に脱線を要求するがごときものである。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
怒り, 諦観, ユーモア自分の努力が報われず、他者に理解されないと感じたとき
昧爽より午に至るまでの氣象、人須らく其の氣象を體得して生を遂ぐべしである。
幸田露伴努力論」(1912)
希望,活力新しい一日を始めるとき
母の考えでは、夫が侍であるから、弓矢の神の八幡へ、こうやって是非ない願をかけたら、よもや聴かれぬ道理はなかろうと一図に思いつめている。
夏目漱石夢十夜」(1908)
切なさ誰かを信じたいとき、儚い希望について考えるとき
小事、小事が大事だ! こういう小事が、往々万事を打ちこわすのだ
ドストエフスキー罪と罰」(0)
焦燥感と緊張細部の重要性を痛感し、計画の成否が些細なことに左右されることに気づいたとき
世に在ること一日ならば、一日の好人と做るを要す
新渡戸稲造自警録」(1916)
清々しさ人生を大きく変えたいけど何から始めればいいかわからないとき
内供のそう云う策略をとる心もちの方が、より強くこの弟子の僧の同情を動かしたのであろう。
芥川龍之介」(1916)
希望, 温情誰かの本当の気持ちに気づき、信頼を深めるとき
人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。
太宰治人間失格」(1948)
洞察,不安表面的な笑顔の裏にある本当の感情を見抜こうとするとき
苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それを仕通して、飽々した。
夏目漱石草枕」(1906)
疲弊、諦観、決別人生に疲れ果てたとき、同じ苦しみの繰り返しから逃げたいとき
「このお手々にちょうどいい手袋下さい。」と云いました。帽子屋さんはおやと思いました。だってそれは人間の手でなくて狐の手だったからです。
新美南吉手袋を買いに」(1943)
ハラハラ、衝撃大切な場面でミスをしてしまったとき
セロもずいぶん降ったものだなあ。 おい。
宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」(1934)
怒り上司や先輩にけなされたとき
自由とわがままとの界(さかい)は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
気づき自分の行動が本当に自由なのか問い直したいとき
慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル
宮沢賢治雨ニモマケズ」(0)
静寂、穏やかさ、達観人生の迷いや葛藤を感じているとき
私この小泉八雲、日本人よりも本当の日本を愛するです
小泉節子思い出の記」(1908)
決意自分の外見的特徴について指摘されたとき
新時代の青年をもってみずからおる三四郎は少し小さくなっていた。
夏目漱石三四郎」(1908)
自意識, 挫折, 劣等感理想と現実のギャップに直面したとき
ただ一つ、私の作った椅子丈けが、今の夢の名残(なご)りの様に、そこに、ポツネンと残って居ります。でも、その椅子は、やがて、いずことも知れぬ、私達のとは全く別な世界へ、運び去られて了うのではありませんか。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
虚無感、無力感、悲しみ、孤独自分の努力や創作が無意味に感じられるとき、人生の意味を問い直したいとき
冬が来ていた。あの鋭い冬が――
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
喪失避けられない別れを予感したとき
自分には、人間の生活というものが、 見当つかないのです。
太宰治人間失格」(1948)
孤独周りに馴染めないと感じるとき
その表情はぴしゃりと心のカメラへ焼き付いてしまった。
夏目漱石草枕」(1906)
美への感動、切なさ心に深く残る美しさに出会いたいとき
人間は時間と空間との制約の埒外に出ることはできない。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
悲哀,諦念自分の限界を痛感するとき