春琴、ほんとうの名は鵙屋琴(もずやこと)、……
谷崎潤一郎春琴抄」(1933)
母君さえ死んでいなかったならと、またこの悲しみを新たにすることになったのであった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(25 蛍)」(1914)
それはまだ人々が「愚」という貴い徳を持っていて、世の中が今のように激しく軋(きし)み合わない時分であった。
谷崎潤一郎刺青」(1910)
実は好奇心のため、しかし私は画家であることを利用して、……
泉鏡花外科室」(1895)
神の存在、及び人間の霊魂と肉体との区別を論証する、……
デカルト省察」(1641)
さくら散る春の夕のうすぐもの涙となりて落つる心地に     (晶子)冬になって来て川沿いの家にいる人は心細い思いを……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(19 薄雲)」(1914)
髪五尺ときなば水にやはらかき少女(おとめ)ごころは秘めて放たじ
与謝野晶子みだれ髪」(1901)
地の声をもって天の言葉を語った人なのである。
下村湖人論語物語」(1938)
私は遊ぶことが何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、……
太宰治」(1947)
私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだから、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
個性の違った恋人を幾人も得た人生の行路に、その人がいたならばと残念に思われることが多かった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(22 玉鬘)」(1914)
La pense doit remplir toute l'existence.MAINE DE BIRAN, J……
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
半年のうちに世相は変わった。
坂口安吾堕落論」(1947)
春の野のうらわか草に親しみていとおほどかに恋もなりぬる   (晶子)源氏は瘧病(おこりやまい=マラリア)にかかっていた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(05 若紫)」(1914)
恨めしと人を目におくこともこそ身のおとろへにほかならぬかな (晶子)天皇が新しくお立ちになり、……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(09 葵)」(1914)
私はその人を常に先生と呼んでいた。
夏目漱石こころ」(1914)
大きなるまゆみのもとに美しくかがり火もえて涼風ぞ吹く    (晶子)このごろ、……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(27 篝火)」(1914)