万人に道が残っているともいえるのです。
下村湖人現代訳論語」(1949)
希望,普遍世の中に絶望しそうになったとき
我々は規約に従順であるが、我々の偽らぬ心情は規約と逆なものである。
坂口安吾堕落論」(1947)
違和感、自己認識社会的規範と本心のズレに気づいたとき
ソレを見て私等は皆大に落胆仕ました
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
落胆,現実直視横浜で蘭学が役に立たないと知ったとき
西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
問い社会的成功や外的な達成だけを求めているとき
「会いたい見たい」の願いより外何物もありませんでした
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
切実な執着と喪失感大切な人を失ってしまったとき
春の日の夕暮は静かです
中原中也山羊の歌」(1934)
静寂,平和静かな夕暮れ時に、心が落ち着いているとき
「いき」とは、わが国の文化を特色附けている道徳的理想主義と宗教的非現実性との形相因によって、質料因たる媚態が自己の存在実現を完成したものであるということができる。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
理解,誇り日本文化の特質を考えるとき
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
確信,希望人間平等の理念を確信したとき
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。
森鷗外高瀬舟」(1916)
静けさ何かが始まる予感がするとき
杜子春は又元の大金持になりました。するとどうでしょう。今まで眉をひそめていた、洛陽の都の人達は、急にいそいそと御世辞を云い始めました。
芥川龍之介杜子春」(1920)
皮肉、失望人間の本性を見せつけられて幻滅するとき
現にこの世でもこれに類することはじつに多い。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
驚き,神秘感人生の不思議な巡り合わせを感じるとき
戒めは破られた。 しかし丑松の心は 不思議に晴れやかであった。
島崎藤村破戒」(1906)
解放重荷を下ろした瞬間
理由も分らずに 押付けられたものを 大人しく受取って、 理由も分らずに生きて行くのが、 我々生きもののさだめだ。
中島敦山月記」(1942)
諦念人生の理不尽さを感じたとき
柳吉はええ加減な男であった。 しかし、ええ加減な男には ええ加減な男なりの 愛嬌があった。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
愛嬌ダメな自分を許したくなったとき
二人は何度も商売に手を出しては 失敗した。しかし二人でいる限り、 不思議と世の中が 終わった気はしなかった。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
安心何度失敗しても隣にいてくれる人がいるとき
滝は白い布を垂らしたように光って見えた。
太宰治魚服記」(1933)
美しさ、予感美しい風景の中に死の気配を感じるとき
セロもずいぶん降ったものだなあ。 おい。
宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」(1934)
怒り上司や先輩にけなされたとき
唯其の独立を全するが為めに」
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
信念,決意人生の目標を明確に定めたとき
伯牛、わしは強いてお前の顔を見ようとはいわぬ。せめて声だけでも聞かせてくれ。
下村湖人論語物語」(1938)
悲しみ,愛情大切な人が病気で会えないとき
永久の未完成これ完成である
宮沢賢治農民芸術概論綱要」(1926)
希望完璧を求めて苦しくなったとき