「いき」の研究は民族的存在の解釈学としてのみ成立し得るのである。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
確信学問の方法論を問い直すとき
「こ、こ、殺される前に、こっちから殺してやるんだ」どもりがブッきら棒に投げつけた。
小林多喜二蟹工船」(1929)
決意, 怒り, 絶望圧倒的な苦しみと不公正に直面して、最後の抵抗を示したいとき
私は覚醒と夢とが決して確実な標識によって区別され得ないことを明かに認めて、驚愕し、そしてこの驚愕そのものは、私は現に夢みているのだとの意見を私にほとんど説得するのである。
デカルト省察」(1641)
懐疑の深淵現実かどうか不安になるとき
野原から汽車の音が聞こえてきました。
宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934)
孤独,憧れ一人でいるとき遠くの世界に思いを馳せるとき
自分には、人間の生活というものが、 見当つかないのです。
太宰治人間失格」(1948)
孤独周りに馴染めないと感じるとき
では、己が引剥をしようと 恨むまいな。 己もそうしなければ、 饑死をする体なのだ。
芥川龍之介羅生門」(1915)
決意開き直るとき
身も独立し、家も独立し、天下国家も独立すべきなり。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
決意自分の人生を切り開きたい、社会に貢献したいと思ったとき
ただもう、無性(むしょう)にわなをしかけてみたくなったのです。
江戸川乱歩怪人二十面相」(1936)
決意子どもながらに家族を守りたいという衝動に駆られたとき
哲学が驚異に始まるといわれるのも、そのためである。
三木清哲学入門」(1940)
新鮮日常に退屈を感じているとき
おれは何事によらず長く心配しようと思っても心配が出来ない男だ。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
達観、諦念学校での失敗を気にしない自分の性質を自覚したとき
文字を読むことのみを知りて物事の道理をわきまえざる者はこれを学者と言うべからず。いわゆる「論語よみの論語しらず」とはすなわちこれなり。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
怒り、痛烈な批判知識があっても実生活に活かせていない自分に気づいたとき
人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。
太宰治人間失格」(1948)
洞察,不安表面的な笑顔の裏にある本当の感情を見抜こうとするとき
思いがけなく来る通信に黒枠のものが次第に多くなる年齢に私も達したのである。
三木清人生論ノート」(1941)
哀愁,諦観年を重ね、親しい人たちとの別れが増えてきたとき
われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくして往こうではないか
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
決意自分の人生の意味を見出したいとき
山賊はふりかえって見ましたが都が見えませんでした。ただ一面に連る桜の花があるだけでした。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
幻惑、不安現実と幻想の境が曖昧になったとき
学問をする人がうるさい俗用を避けて、なるべく単純な生活にがまんするのは、みんな研究のためやむをえないんだからしかたがない。野々宮のような外国にまで聞こえるほどの仕事をする人が、普通の学生同様な下宿にはいっているのも必竟野々宮が偉いからのことで、下宿がきたなければきたないほど尊敬しなくってはならない。
夏目漱石三四郎」(1908)
自己否定, 劣等感, 挫折自分と野々宮を比較して、美禰子から軽んじられていることに気づいたとき
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
宮沢賢治農民芸術概論綱要」(1926)
使命感自分だけの幸せに疑問を感じたとき
唯其の独立を全するが為めに」
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
信念,決意人生の目標を明確に定めたとき
まず内包的見地にあって、「いき」の第一の徴表は異性に対する「媚態」である。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
知的興奮日本の美意識について考えたいとき
真理そのものよりも古いものはないのでありますから。
デカルト省察」(1641)
確信,永遠性新しい方法について語るとき