真白い手のひらに紫色の葡萄の粒が重なってのっていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことができます。
有島武郎一房の葡萄」(1920)
ただその犯罪の名を言って聞かせるだけです。
芥川龍之介河童」(0)
娘の時代だったならと取り返しのつかない運命が悲しかった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
しからばどこから私の誤謬は生じるのであろうか。
デカルト省察」(1641)
はんの木は本当に砕けた鉄の鏡のように輝き
宮沢賢治やまなし」(1923)
つまり、あたまが悪いと同時にあたまがよくなくてはならないのである。
寺田寅彦科学者とあたま」(1933)
その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住むが良い。今頃は丁度家の周りに、桃の花が一面に咲いているだろう。
芥川龍之介杜子春」(1920)
親から子と次第に人間の価値は落ちていきまして、子は親ほどだれからも尊敬されず、愛されもしないのだろう。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(29 行幸)」(1914)
私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ。
太宰治走れメロス」(1940)
虫が知らすとでも言うのか、何だかこう、傍見をしているすきに何か起きそうで、どうも外へ目を向けられなかった
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
河童の国は当時の僕には故郷のように感ぜられましたから。
芥川龍之介河童」(0)
写生という事は、画を画くにも、記事文を書く上にも極めて必要なもので、この手段によらなくては画も記事文も全く出来ない。
正岡子規病床六尺」(1902)
新しくせねばならぬと思うところの旧いものは、未練気なく斥けてしまわねばならぬのである。
幸田露伴努力論」(1912)
内供はなまじっか鼻が短くなったのが、かえって恨めしくなった。
芥川龍之介」(1916)
読者諸君、事件は実に面白くなって来た。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
どんよりとくもれる空を見ていしに人を殺したくなりにけるかな
石川啄木一握の砂」(1910)
富を得ていながら、欠けた事を思うほど、苦しい事は世間にない。
ゲーテファウスト」(1808)