親から受け継いだ無鉄砲な性格で、子供の頃から損ばかりしている。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
藤壺の宮は自分にやましい心がなかったらまして美しく見える舞であろうと見ながらも夢のような気があそばされた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(07 紅葉賀)」(1914)
逢坂は関の清水も恋人のあつき涙もながるるところ       (晶子)以前の伊予介(いよのすけ=伊予国の次官)は院が……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(16 関屋)」(1914)
私は遊ぶことが何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、……
太宰治」(1947)
智恵子は東京に空が無いという、ほんとの空が見たいという。
高村光太郎智恵子抄」(1941)
私の新体制も、ロマンチシズムの発掘以外にはないようだ。
太宰治畜犬談」(1939)
死について 近頃私は死というものをそんなに恐ろしく思わなくなった。
三木清人生論ノート」(1941)
僕は小さい時に絵を描くことが好きでした。
有島武郎小さき者へ」(1918)
若やかにうぐひすぞ啼く初春の衣くばられし一人のやうに    (晶子)新春第一日の空の完全にうららかな光のもとには、……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(23 初音)」(1914)
夫  (縁側の籐椅子(とういす)に倚(よ)り、……
岸田国士紙風船」(1925)
それはまだ人々が「愚」という貴い徳を持っていて、世の中が今のように激しく軋(きし)み合わない時分であった。
谷崎潤一郎刺青」(1910)
私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだから、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
賢一郎 おたあさん、おたねはどこへ行ったの。
菊池寛父帰る」(1917)