種田山頭火(さんとうか)と並んでいわゆる自由律俳句を代表する俳人、尾崎放哉(おざき・ほうさい。
尾崎放哉尾崎放哉選句集」(1926)
人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ
夏目漱石三四郎」(1908)
死について 近頃私は死というものをそんなに恐ろしく思わなくなった。
三木清人生論ノート」(1941)
忘れようとしても自分の心が自分の思うようにならないから苦しんでいるのだよ。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
禅智内供(ぜんちないぐ)の鼻と言えば、池の尾で知らない者はない。
芥川龍之介」(1916)
この本を外国にいる人々に贈ります
柳田国男遠野物語」(1910)
神の存在、及び人間の霊魂と肉体との区別を論証する、……
デカルト省察」(1641)
第一章 人情の碗 茶は薬用として始まり、のちに飲料となった。
岡倉天心茶の本」(1906)
これはある精神病院の患者、――第二十三号が誰にでもしゃべる話である。
芥川龍之介河童」(0)
おお、神よ。あなたは、すべての良いものを、労働の代価として、私たちに売ってくださった。
レオナルド・ダ・ヴインチレオナルド・ダ・ヴインチの手記」(1914)
私は、その男の写真を三枚、見たことがある。
太宰治人間失格」(1948)
六条院の春の御殿の庭は平生にもまして多くの花が咲き、小鳥が来て、春はここにばかり好意を見せていると思われた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(24 胡蝶)」(1914)
花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
むらさきのふぢばかまをば見よといふ二人泣きたきここち覚えて (晶子)尚侍(なないし=宮中に仕える高位の女官)になっ……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(30 藤袴)」(1914)
わたくしはほとんど活動写真を見に行ったことがない。
永井荷風濹東綺譚」(1937)