平出園子というのが老妓(ろうぎ)の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。
岡本かの子老妓抄」(1938)
「論語」を読む人のために東洋を知るには儒教を知らなければならない。
下村湖人現代訳論語」(1949)
二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊の格好をして、……
宮沢賢治注文の多い料理店」(1924)
朝、食堂でスープを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」と微かな叫び声をあげられた。
太宰治斜陽」(1947)
忘れようとしても自分の心が自分の思うようにならないから苦しんでいるのだよ。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は学問に優れ、……
中島敦山月記」(1942)
私はよく実家へ遊びに行った。
室生犀星幼年時代」(1919)
良い菊の苗が、どこかにあると聞けば、どのような無理な算段をしても、必ずこれを買い求めた。
太宰治畜犬談」(1939)
得体の知れない不吉な塊が私の心をいつも押さえつけていた。
梶井基次郎檸檬」(1925)
雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち
宮沢賢治雨ニモマケズ」(0)
私は、その男の写真を三枚、見たことがある。
太宰治人間失格」(1948)
ヘルンが日本に来たのは、明治二十三年の春でした。
小泉節子思い出の記」(1908)
中川の皐月の水に人似たりかたければむせびよればわななく    (晶子)光源氏、……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(02 帚木)」(1914)
松戸与三はセメント開けをやっていた。
葉山嘉樹セメント樽の中の手紙」(1926)
○病床六尺、これが我世界である。
正岡子規病床六尺」(1902)
ああ弟(おとうと)よ、君を泣く、君死にたもうことなかれ、……
与謝野晶子君死にたもうことなかれ」(1904)
髪五尺ときなば水にやはらかき少女(おとめ)ごころは秘めて放たじ
与謝野晶子みだれ髪」(1901)