朝、食堂でスープを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」と微かな叫び声をあげられた。
太宰治斜陽」(1947)
あの口笛も、ひょっとしたら、父の仕業ではなかったろうか
太宰治葉桜と魔笛」(1939)
自分には、人間の生活というものがよくわからないのです。
太宰治人間失格」(1948)
私には思想なんてものはありませんよ。好き、嫌いだけですよ。
太宰治黄金風景」(1939)
富士の頂角(ちょうかく)について、広重(ひろしげ)の富士は八十五度、文晁(ぶんてう)の富士も八十四度くらい。
太宰治富嶽百景」(1939)
しらじらと夜が明けていたのである。
太宰治」(1947)
私だって昔は浅草の父の屋台で、客あしらいは決して下手ではなかったのだから。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
もう、どうでもいいという、勇者に似つかわしくない投げやりな根性が、心の隅に巣食った。
太宰治走れメロス」(1940)
人間三百六十五日、何の心配もない日が、一日、いや半日あったら、それは幸せな人間です。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……
太宰治魚服記」(1933)
指導者は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。
太宰治黄金風景」(1939)
女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。
太宰治女生徒」(1939)
生きているということ。ああ、それは、何というやりきれない息も絶え絶えの大事業だろうか。
太宰治斜陽」(1947)