私は議論をして、勝ったためしがない。
太宰治魚服記」(1933)
清い者は清く、濁れる者は濁ったままで暮して行くより他はない。
太宰治畜犬談」(1939)
私の新体制も、ロマンチシズムの発掘以外にはないようだ。
太宰治畜犬談」(1939)
省線のその小さな駅に、私は毎日、人をお迎えに行きます。
太宰治待つ」(1942)
私だって昔は浅草の父の屋台で、客あしらいは決して下手ではなかったのだから。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
あわただしく玄関が開く音が聞こえて、私はその音で目を覚ましました。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
富士の頂角(ちょうかく)について、広重(ひろしげ)の富士は八十五度、文晁(ぶんてう)の富士も八十四度くらい。
太宰治富嶽百景」(1939)
この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……
太宰治魚服記」(1933)
これが私たち親子が神さまからいただいた短い休息の期間であったとしても
太宰治斜陽」(1947)
真の貴族は、あんな岩島みたいな下手な気取り方なんか、しやしないよ。
太宰治斜陽」(1947)
指導者は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。
太宰治黄金風景」(1939)