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「いき」の構造
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背景解説
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「いき」は「浮かみもやらぬ、流れのうき身」という「苦界」にその起原をもっている。
九鬼周造「「いき」の構造」
背景解説
美しい言葉の裏にある深い悲しみを明かした一文。「いき」とは苦労を重ねた人だけが到達できる境地だということを、遊郭という「苦界」から説き起こしている。
婀娜っぽい、かろらかな微笑の裏に、真摯な熱い涙のほのかな痕跡を見詰めたときに、はじめて「いき」の真相を把握し得たのである。
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『「いき」の構造』の他のひとふみ
生きた哲学は現実を理解し得るものでなくてはならぬ。
九鬼周造
我々に直接に与えられているものは「我々」である。
九鬼周造
媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。
九鬼周造
媚態の要は、距離を出来得る限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざることである。
九鬼周造
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九鬼周造
「野暮は揉まれて粋となる」
九鬼周造
「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。
九鬼周造
垢抜して(諦)、張のある(意気地)、色っぽさ(媚態)
九鬼周造
「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。
九鬼周造
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九鬼周造
「哀愁」が響くひとふみ
死んで行く人は美しい。
太宰治
ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えに来たんだ
宮沢賢治
運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである。
坂口安吾
さっき一度紙くずのようになった二人の顔だけは、もうもとのとおりになおりませんでした。
宮沢賢治
寸善尺魔、とは、まったく本当のことでございますね。
太宰治
立派な身なりの、五十年配の奥さんが、椿屋の勝手口にお酒を売りに来て、一升三百円、とはっきり言いまして。
太宰治
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