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「いき」の構造
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媚態の要は、距離を出来得...
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背景解説
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媚態の要は、距離を出来得る限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざることである。
九鬼周造「「いき」の構造」
背景解説
恋愛の核心を突いた洞察。近づきたいけれど完全には一体化しない、その絶妙な緊張感こそが色気の正体だという発見。アキレスと亀の逆説まで持ち出した比喩が秀逸。
可能性としての媚態は、実に動的可能性として可能である。
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『「いき」の構造』の他のひとふみ
生きた哲学は現実を理解し得るものでなくてはならぬ。
九鬼周造
我々に直接に与えられているものは「我々」である。
九鬼周造
媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。
九鬼周造
「いき」は媚態でありながらなお異性に対して一種の反抗を示す強味をもった意識である。
九鬼周造
「いき」は「浮かみもやらぬ、流れのうき身」という「苦界」にその起原をもっている。
九鬼周造
「野暮は揉まれて粋となる」
九鬼周造
「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。
九鬼周造
垢抜して(諦)、張のある(意気地)、色っぽさ(媚態)
九鬼周造
「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。
九鬼周造
「いき」の研究は民族的存在の解釈学としてのみ成立し得るのである。
九鬼周造
「恋慕」が響くひとふみ
暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。
江戸川乱歩
このようにして、私の情熱は、日々に激しく燃えて行くのでした。
江戸川乱歩
白桃の花だと思います
泉鏡花
自然はやはり、その恋人にのみ真心を打ち明けるものである。
寺田寅彦
この足を持つ女こそは、彼が永年探しあぐねた、女の中の女であろうと思われた。
谷崎潤一郎
いいえ、あなただから、あなただから
泉鏡花
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