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お茶がおいしいときにも、 きっとお父さんを思い出す
太宰治「女生徒」
背景解説
これは少女のお母さんの言葉。亡くなったお父さんのことを、蚊が出ても、爪を切るときも、お茶がおいしいときも思い出すという。特別なことじゃなくて、日常のふとした瞬間に思い出すのが、本当の喪失感。太宰はこういう細部を見逃さない。
お茶の味で、誰かを思い出したことはないか。
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幸福は一夜おくれて来る。 幸福は、――
太宰治
美しく生きたいと思います。
太宰治
いま、いま、いま、と 指でおさえているうちにも、 いま、は遠くへ飛び去って、 あたらしい「いま」が来ている。
太宰治
朝は、いつでも自信がない。
太宰治
明日もまた、同じ日が来るのだろう。 幸福は一生、来ないのだ。 それは、わかっている。 けれども、きっと来る、 あすは来る、と信じて寝るのが いいのでしょう。
太宰治
蒲団を持ち上げるとき、よいしょ、と掛声して、はっと思った。
太宰治
幸福を待って待って、とうとう堪え切れずに家を飛び出してしまって、そのあくる日に、素晴らしい幸福の知らせが、捨てた家を訪れたが、もうおそかった。
太宰治
毎日毎日、失敗に失敗を重ねて、あか恥ばかりかいていたら、少しは重厚になるかも知れない。
太宰治
女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。
太宰治
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