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富嶽百景
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人は、完全なたのもしさに...
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背景解説
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人は、完全なたのもしさに接すると、まず、だらしなくげらげら笑うものらしい。
太宰治「富嶽百景」
背景解説
完璧なものに出会ったとき、人はなぜか笑ってしまう。太宰らしい人間観察の鋭さが光る一文。恋人同士でも同じだと続けているのが面白い。
この後、恋人の話に展開していく太宰の語り口
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『富嶽百景』の他のひとふみ
これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。
太宰治
富士には、月見草がよく似合う。
太宰治
富士山、さようなら、お世話になりました。
太宰治
「畏怖」が響くひとふみ
私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ。
太宰治
全く、どんな事でも起こり得るのだと思って、深く恐れた。
中島敦
変な言い方ですが、この殺人事件は、犯人と被害者と同意の上で行われたのです。
江戸川乱歩
魔物が人の家に初めて現れる時には、あんなひっそりした、初々しいみたいな姿をしているものなのでしょうか。
太宰治
私は依然として未知の世界にいる未知の私であった。
夢野久作
願わくはこれを語って平地人を戦慄させてほしい。
柳田国男
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