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幸福を語ることがすでに何か不道徳なことであるかのように感じられるほど今の世の中は不幸に満ちているのではあるまいか。
三木清「人生論ノート」
背景解説
現代社会の病理を鋭く突いた言葉。幸福について語ることさえタブー視される時代の異常さを指摘している。不幸が当然視される社会への警鐘でもある。
しかし幸福を知らない者に不幸の何であるかが理解されるだろうか。
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